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地震

T・Sさん 2018年5月21日

   2018年6月18日(月)大阪に震度6弱の地震。私たちの教会では礼拝堂正面講壇の十字架左側の壁が崩れ落ちた。[礼拝堂正面の十字架のそば]という事に注目したい。信者の家庭は豊中市・箕面市・高槻市・茨木市という震源地に集中。相当激しい揺れを突然受けたが、幸いなことに家屋の倒壊や重傷者・死者はなかった。食器や棚が割れた程度だったと6月24日(日)礼拝後に聞いた。信者だけが守られて良かったと言える事では決してない。


 この地震全体の被害は、死者5名。負傷者423名。住宅の被害1万0824棟と報じられた。今、何らかの形で人の力を借りないと立っていけない人は、どの時代でもいる。だから被災した人たちへの直接・間接の援助を問わず、出来る範囲の事をさせていただくのは当然のこと。第2次世界大戦直後の私たちの生活を思い出せばわかる。


 主はご自身の身に自信を受け止めてくださり、私たち信者の家庭と家屋を守ってくださったのです。それが、[礼拝堂正面の十字架左側の壁が崩れ落ちた]ことの印だったのだと私は示された。私たちの教会は、主が傷を受けることで、私たちを守り救われたのです。


 聖歌397番[遠き国や]は1923年[大正12年]9月1日の関東大震災をモチーフにして作られたと聞く。だから、1995年[平成7年]の阪神淡路大震災や、2011年[平成23年]の東日本大震災の時も、多くの教会でこの聖歌が歌い継がれた。被災した人たちだけでなく、救援活動に立った人たちにも、この聖歌から主の励ましを深く受け続けたのだ。


 2番の歌詞『♪水はあふれ  火は燃えて 死は手広げ  待つまにも 慰めもて 変わらざる 主の十字架は輝けり。 慰めもて ながために 慰めもて  我がために 揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり。』

 


旧約聖書 哀歌3章22~23節「私たちが滅び失せなかったのは、主の恵みによる。主の憐れみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。」