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​御手の中で

Y・Oさん 2022年5月1日

   私の生まれた家は創価学会の家でした。小学生の時に姉と一緒に入会させられました。中学生の時に池田大作の人間革命を読み、将来はお坊さんになりたいと思っていたのです。私が高校生になると創価学会は日蓮正宗から独立してしまいました。そのことによって、私は好きなお寺に行けなくなってしまいます。実は、私は定時制高校に通っていたので高校時代はあまり学会活動ができませんでした。高校を卒業して、私は学会活動に戻ります。家で仏壇に南無阿弥鳳輦経と唱えたり、日蓮聖人の教えを学ぶのは良かったのですが、友達に聖教新聞を購読してもらえるように頼んだり、選挙活動がとても嫌でした。私は創価学会の活動がますます嫌になり、集会に行かなくなります。

 そして、他に救いはないのかと探し始めて、いろんな本を読み始めて行きました。仏教の本や新興宗教の本を読んでいるうちに、どうやら天地創造の神様がおられるみたいだということが分かってきたのです。神様といえばキリスト教と思った私は百瀬文晃親父の書かれた「キリスト教に問う65のQ&A」という本を読みました。その本の中で、一匹の失われた羊を探して、99匹を野のに残していく羊飼いの話が書かれていて、深く感動を覚えたのです。そこで私は教会に行ってみようと思いました。その時、友人や知人にクリスチャンはいませんでした。

私は仕方なく1995年12月24日に、一人で豊中カトリック教会のクリスマス・ミサに行ったのです。立ったり座ったりと理由がわかりませんでした。聖餐式でパンを渡されそうになって、パニックになってしまったのです。ミサが終わって、誰かが話しかけてきてくれるのかと思っていましたが、誰も来ませんでした。「何やねん!!」と思って、その日は帰りました。年が明けて1996年の2月に「他の教会なら少し違うのかな」と思って、吹田カトリック教会の土曜午後の祈り会に行ったのです。ミサではなく、祈り会にいきなり行ったので、みんながびっくりして色々と聞かれました。そこで私は家の宗教のことやキリスト教について知りたいと思っていることを話しました。すると祈り会のリーダーのおじさんが「親父さんを紹介するから日曜日のミサにおいで」と言ってくれたので、日曜日のミサに行くことにします。


   そして、親父さんを紹介され、キリスト教の勉強を一年間することになったのです。何回目かの勉強会の時に親父さんが私に「1年勉強してもイエス様の復活が信じられなかったら洗礼を受けるのは待った方がいいですよ」と仰られたので、新約聖書を最初から読んでいくことにしました。

マタイ、マルコ、ルカと福音書を読み進めていくうちにイエス・キリストの魅力に引き込まれます。聖餐式のパンも食べたいし、イエス様にとても魅力を感じた私は、洗礼を受けようと思いましたが、ちょうどその頃にある噂を耳にしました。それはプロテスタント教会はアットホームで若者が多いという噂話です。カトリックで祈り会の人達が時々、声をかけてくれていましたが、それでも基本的に一人でした。1996年9月ついに寂しさと好奇心から一回だけのつもりで大阪梅田にある聖公会の大阪聖パウロ教会の日曜礼拝に行きました。そこでなんと聖公会の青年たちと出会ってしまったのです。さらに聖公会の青年男女たちが私のために食事会までしてくれました。私は吹田カトリック教会の神父さんと祈り会の人達に、聖公会で洗礼を受けることを伝えて、パウロ教会に通うようにしたのです。聖公会の青年たちには今でも感謝しています。

 1997年2月16日に、私は洗礼を受けました。実は聖公会にはカトリックのように洗礼名があって、私の洗礼名はペテロと言います。このように無事に洗礼を受けることができたのですが、やはり当時まだ若く、寂しさと好奇心から、私は聖公会に教会籍を置いたまま、いろんな教会を転々とするようになりました。多くの牧師先生やクリスチャンの兄弟姉妹たちに心配をかけてしまいます。しかし、今にして思えばペンテコステ派の教会で賛美と祈りを学び、福音派の教会で聖書と福音を学ぶことができました。そして、2003年になって、ようやく私は一つの教会に落ち着くことができました。

S教会です。ようやく一つの教会に落ち着いて、礼拝の司会や青年会の会長をやらせていただいたのですが、いろんなことがあって2005年4月のイースター礼拝を最後に、私は教会を離れました。その後、サラリーマンとして真面目に仕事はしてきましたが、色んな遊びに夢中になり、罪の生活に落ちました。やがて、仏教の浄土真宗やニューエイジに夢中になり、本気でクリスチャンをやめようと思うところまで行ってしまいます。しかし、2020年のコロナの年に職場の人間関係でトラブルが起こり、姉も癌になり、私の精神状態はとても不安定になりました。2020年の10月あまりにも苦しくて気が付いたら、主イエス様に助けを求めて祈っていました。2021年の2月に完全に悔い改めの祈りをして、そして、3月にこの服部喜望教会へ導かれました。